圧巻!!戦国最強の武将、【上杉謙信】の兜と刀コレクションとは?!

上杉謙信 兜 刀 山鳥毛一文字  謙信景光 姫鶴一文字 稽照殿 白綾頭巾烏帽子形兜 葵前立黒韋張懸頭巾兜 銀箔押兎耳形張懸兜 三宝荒神形兜 金箔押唐草透風折烏帽子形兜 亀甲綴頭巾形兜 金箔押頭形兜 金箔押左折烏帽子形兜 飯縄権現前立兜 日輪三日月前立黒漆兜


戦国武将の中でも「最強の強さを誇った

と言われる「上杉謙信」。

軍神と言われるほどの戦のうまさで、

14才の初陣で勝利して以降は、

生涯約70回もの合戦を行い、

敗戦はわずか1,2回と言われています。

それだけの強さでしたので、戦で陣頭指揮する姿は

まさに軍神と恐れられていました。

では、その上杉謙信は、いったいどんな

を身に着けていたのでしょうか?

真田幸村の六文銭や伊達政宗の三日月の兜などは

カッコよくて有名ですが、上杉謙信の兜も軍神と言われるだけあって

カッコよく、現代の端午の節句の飾り物としても人気があるそうです。

また謙信は他の戦国武将と同様に刀マニアとしても有名で、

そのコレクションも軍神と言われるだけあり、

素晴らしい名刀を数多く所有していたようです。

そこで、ここでは戦国時代最強の武将、

上杉謙信のカッコいいについてご紹介いたします。

  • 伊達政宗にも負けないカッコよさ?!上杉謙信の4選!!
  • 直江兼続の兜の“”は、謙信への愛?!
  • 名刀がずらり!軍神、上杉謙信の刀コレクション


伊達政宗にも負けないカッコよさ?!上杉謙信の兜4選!!


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上杉謙信が使ったと言われる兜は、

なんと!!10種類くらいあったそうです。

中には戦国一のお洒落武将、伊達政宗の兜にも劣らない

カッコいい兜もあります。

では、どんな兜があるのか、主なものをご紹介しましょう。

日輪三日月前立黒漆兜


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上杉謙信の兜でもっとも有名ものは、

太陽を表す「日輪」と「三日月」の前立てがついた

日輪三日月前立黒漆兜」という兜です。

戦国武将一、スタイリッシュな伊達政宗の兜の前立ては三日月ですが、

謙信の兜は三日月にプラス太陽(日輪)がついており、

伊達政宗の兜にも勝るとも劣らないカッコよさですよね!!^^v

そもそもデザイン自体が似ているので当然ではありますが、

年齢的には上杉謙信の方が37歳も年上ですので、

もしや、政宗が謙信の兜を真似た?!と思ってしまいそうですよね。

実は兜だけでなく、上杉家と伊達家は家紋もとても似ているのです。

家紋については、上杉家のものを伊達家が譲り受け、

それを少しアレンジして伊達家の家紋としたためです。

となると兜についても何かしら「ご縁」があるかも?と勘ぐりたくなりますが、

特にそういう事実はないそうです。あらら、残念。^^;

では、この前立てにはどのような意味が込められているのでしょうか?

この”日輪”と”三日月”は

妙見信仰(みょうけんしんこう)」の影響を受けたもの、と言われています。

妙見信仰とは仏教の一つ「道教」で、月や星、太陽をとして信仰します。

謙信は仏教に対する信仰が厚かったことから、

日輪」と「三日月」の両方を兜の前立にしたようです。

三日月のシャープな形は刀を連想させ、

いかにも戦国武将らしく素敵ですよね。^^b

それにしても、宗教の思想が兜に込められているからこそ、

神がかり的な戦の強さを発揮したとも思えてしまいますよね。


飯縄権現前立兜


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上杉謙信の兜は、日輪三日月前立黒漆兜以外に

色々な種類があり、その1つ「飯縄権現前立兜」も有名です。

この兜は正面に飯縄権現の小さな「仏像」を配置した兜です。

飯縄権現は、戦国時代には戦勝の神として、

足利義満や武田信玄などの武将にも信仰されていました。


金箔押左折烏帽子形兜


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ちょうど烏帽子が折れたような形の兜です。

烏帽子は成人男性が礼服を着るときに被る帽子ですが、

戦国時代には兜の題材となり、

有名なものでは加藤清正や前田利家烏帽子形兜があります。

謙信は『源平盛衰記』を愛読しており、

その記述の中に

「源氏の大将左折を用い、臣下は右折を用いた」

という記述があります。

金箔押左折烏帽子形兜はこれに影響を受けたもので、

左折れの烏帽子の兜は大将を意味していると言われています。

他にも沢山の種類がある謙信の兜とは?!


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 先の3種類の兜は謙信を祀る上杉神社の宝物殿、

稽照殿」に保管されています。

他にも、稽照殿では次の兜を保有しているそうです。

  • 金箔押頭形兜
  • 亀甲綴頭巾形兜
  • 金箔押唐草透風折烏帽子形兜

更に、上杉神社以外の施設にも謙信の兜はいくつか保管されています。

  • 三宝荒神形兜:仙台市博物館
  • 銀箔押兎耳形張懸兜:千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館
  • 葵前立黒韋張懸頭巾兜:山形県米沢市にある宮坂考古館
  • 白綾頭巾烏帽子形兜:佐久市立近代美術館

兜や鎧の種類がこんなに沢山あり大切に後世に残されているとは、

さすが軍神と言われた戦国武将、

その武運にあやかりたい武将はさぞ多かった事でしょうね。


直江兼続の兜の“愛”は、謙信への愛?!


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少し余談になりますが、上杉家の兜と言えば・・・

上杉家の家臣の直江兼続の兜が有名ですが、

兼続の兜の前立ての“”とは謙信への愛を表現したもの?

という説があるそうです。

そもそも謙信と兼続は接点があったのでしょうか?

兼続は5歳のときに実家を出て、上杉家で育ちました。

当時の上杉家の当主は謙信で、兼続は幼いころから

謙信の活躍を見て育ちましたので、

当然、とても尊敬していたようです。

その兼続の兜の“愛”の文字の意味ですが、

諸説ある中で有力と言われているのが、

仏教の戦いの神である愛染明王を意味する“愛”とする説。

明王”とは、すべてのものを仏教に導く役割を持っており、

尊敬する謙信が仏教を深く信仰していましたので、

兼続もまた仏教の信仰心を兜に表現し、

謙信への思い込めたのではないかとも言われています。

命がけの戦においては、軍神と言われた謙信に、

何かしらあやかりたい気持ちは当然あったのではないでしょうか。


名刀がずらり!軍神、上杉謙信の刀コレクション


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謙信は刀コレクターとしても有名で、

コレクションの種類も豊富かつ、戦国武将の中でも

抜きんでて刀の鑑定眼に定評があり、

数々の名刀を所持していたようです。

更に謙信の後継者の上杉景勝も刀のコレクター、

かつ刀鑑定を好んだ人で、

上杉家御手選三十五腰』と題した上杉家所蔵の

名刀35選に関するリストを残しています。

その中には謙信の刀がなんと「28口(ふり)」もあるそうです。

では、その名刀とはいったいどんなものがあるのでしょうか?

数ある謙信のコレクションの中から、

代表的な3つの刀をご紹介しましょう。

姫鶴一文字


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謙信が愛用していた刀で最も有名なものは

姫鶴一文字』という刀で、国の重要文化財に指定されています。

備前一文字刀工の福岡一文字派作の、

鎌倉時代後期に作られた刀と言われています。

姫鶴の名の由来は、刃文の状態が鶴の羽に似ているから、

とも言われていますが、こんな言い伝えも。。。

謙信が、この刀の長さが少し長いので

短くするように刀鍛冶に依頼したところ、

その刀鍛冶の夢に鶴姫と名乗る美女が現れて、

短くすることを思い止まるようにお願いしたため、

刀はそのままにされたとか。

鶴姫は刀の化身だったのでしょうか??笑 

尚、明治14年に明治天皇が米沢に行かれた際に、

この姫鶴一文字をご覧になったところ大変気に入られ、

押形(刀剣の拓本)を望まれた、というエピソードもあります。

現物は米沢市の上杉博物館に収蔵されているそうです。


謙信景光


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謙信景光」は、謙信が常に手元に置いた短刀で、

こちらは国宝に指定されています。

備前の刀工、長船景光が鎌倉時代末期に作った刀で、

表に『備州長船景光』とあり、裏には

元亨三年三月日』(元亨3年=1323年)とあります。

埼玉県立歴史と民俗の博物館が所蔵しているそうです。

山鳥毛一文字


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元は関東管領上杉家の家宝だった刀で、

こちらも国宝に指定されている太刀です。

刃文が山鳥の尾毛を並べたような

細かい乱れ模様になっていることから、

このように呼ばれているのではないかと言われます。

謙信が長尾景虎と名乗っていた頃に

白井城主長尾憲景から贈られたものです。

現在は個人の所蔵物ですが、

この個人と言うのが、愛刀家で知られる岡野多郎松氏で、

紡績業で財を成した方で、学生服の「まるまん」を作った方ですが、

そののち、岡野氏に近い方が所有しているのだとか。

この刀、一時期売りに出ていたときがあり、

その価格が「5億円」也!さすが国宝ですよね^^;

現在は岡山県立博物館に寄託されているそうです。


以上が、謙信が身に着けていた兜と刀のご紹介でした。

改めて、軍神と言われた武将だけあり、

戦場の大事なアイテムである兜や刀への、

強いこだわりや思い入れを感じますね。

ご紹介した通り、謙信の兜や刀はたくさん種類があり、

それらは日本各地で展示をされているようなので、

一度、実物を見に行かれてはいかがでしょうか。^^b

引き続き、「歴史に隠された黒い噂と黒歴史」をお楽しみください!!

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